今年で中央競馬担当になって4年目となる。わずか3年のキャリアだが、今でも忘れない一言がある。
「終わってみれば、どっちが強いかわかる」―。
走れば結果は出る、文字通りシンプルな意味だ。だが、それ以上の言葉が含まれていたと思っている。
この言葉を発したのは今年2月末で70歳の定年規定のため調教師を引退した藤沢和雄氏。史上2位のJRA通算1570勝を挙げた名伯楽が一昨年の2020年、自らの管理馬で桜花賞馬のグランアレグリア(当時4歳、父ディープインパクト)を安田記念・G1(6月7日、東京・芝1600メートル)に出走させる前に発した言葉だ。
その安田記念においてグランアレグリアは、それまでG1を7勝していた怪物牝馬アーモンドアイ(当時5歳、父ロードカナロア)との直接対決に注目が集まっていた。そのレースが行われる週の6月2日の火曜日、記者は通常の火曜日と同様、朝一番で美浦トレーニングセンターの坂路下に足を運んだ。藤沢和調教師の話を聞くためだ。それは記者を含む美浦トレセンで取材をする当時の競馬記者のルーチンだった。「終わってみれば―」の言葉が記者の耳に飛び込んできたのは、一通り取材が終わった後、坂路から南のスタンドに戻ろうとするまさにその時だった。
当時の安田記念の結果はご存じの通り。池添謙一騎手が騎乗したグランアレグリアが、アーモンドアイに道中一度も先行されることなく、2番手からメンバー最速のラスト600メートル33秒7の決め脚で突き抜けた。2着のアーモンドアイに2馬身半差をつける完勝。検量室前に引き揚げてくるグランアレグリアを、藤沢和調教師は両手を挙げてバンザイのポーズで出迎えた。百戦錬磨の名伯楽にとっても会心の1勝だったと思う。
レース後、検量室前で囲み取材を終え、厩舎地区へと歩いていくトレーナーを追いかけて地下馬道で問いかけた。「『終わってみれば、どっちが強いかわかる』って先生が言っていたのは、それだけ自信があったということなんですね?」。すると「いや、そういう意味ではないよ」と藤沢和調教師。その返答には一瞬、戸惑ったが、ちゃめっ気たっぷりにニヤリと浮かべた笑顔を見て、その言葉の本当の意味をようやく理解できた。
その言葉は、単なる自信ではなかったのだ。自信を上回る自信。もっと言い換えれば、グランアレグリアがアーモンドアイを倒すのは必然だった。
この安田記念まで1400、1600メートルでしか勝っていなかった4歳馬。最終的に2000メートルへの起用は5歳となった翌年の大阪杯(4着)となったが、この安田記念の前あたりから藤沢和調教師はグランアレグリアのスピードで中距離G1を勝つプランを思い描き、さらにその手応えも持っていたはず。
この中距離戦への手応えを前提にこの安田記念をみると、メンタル、フィジカルに加え、スピードも最盛期を迎えていた当時のグランアレグリアは、たとえアーモンドアイが相手でも自らの主戦場のマイルなら勝つことは必然で、それは名伯楽の精密な計算によって導き出された論理的結論―。そういう意味で単なる自信ではなかったのだ。
当時、1番人気のアーモンドアイの勝利を信じて疑わないファンも少なくなかったはずだが、記者自身もグランアレグリアに打った印は△でアーモンドアイが◎だった。すべては「必然」の言葉を「単なる自信」と誤認してしまったため。取材対象の真意を読み取る力が不足していることに気づかせてくれた藤沢和調教師。その点も含め、名伯楽はやはり競馬界において偉大な存在だった。(中央競馬担当・恩田 諭)