21年にG1・3勝を挙げて年度代表馬に選出されたエフフォーリア(牡5歳、美浦・鹿戸雄一厩舎、父エピファネイア)の現役引退が14日、発表された。3歳時まで7戦6勝の輝かしい戦績を残しながら、4歳となった昨年以降は苦闘続き。復活に全力を注いだ関係者の執念を、中央競馬担当の松末守司記者が紹介する。
最後まで競馬界の中心だった。エフフォーリアの電撃引退の報が所有するキャロットクラブのホームページ上で発表されると、瞬く間に全国に広がった。ツイッターではトレンド入りし、別れを惜しむ声が後を絶たない。デビューから約2年半の間、多くの競馬ファンの心の中にエフフォーリアがいたことは、反響の大きさからも明らかだ。
3馬身差の圧勝だった皐月賞、惜しくも鼻差でタイトルを逃した日本ダービー。3歳馬の身で果敢に挑戦した天皇賞・秋は3冠馬コントレイル、そこまでにG1・5勝のグランアレグリアの古馬2強を破り、続く有馬記念も制して年度代表馬に上り詰めた。どのレースも競馬場で見届けたが、闘志をむき出しに前へ前へと走る姿に、胸が熱くなったことを昨日のことのように覚えている。
光と影―。その両方を持ち合わせる名馬だった。強さを誇示する一方、昨年は大阪杯(9着)の敗戦から苦しみ抜いた1年になった。ゲートで顔をぶつけるなど不運も重なり、持ち前の闘争心が陰を潜め、らしさが消えていた。ただ、陣営は復活に向けて懸命だった。
昨年の大阪杯後、福島のノーザンファーム天栄にクラブ、牧場スタッフ、鹿戸調教師、助手ら多くの関係者が集まり、極秘で話し合いが行われた。考え得る敗因を挙げ、課題を共有することで今後の糧にしてきた。濃密な時間を皆で過ごし、「チーム・エフフォーリア」としてまさに一丸だった。
宝塚記念(6着)からはブリンカーをつけ、昨年の有馬記念(5着)時にはプール調教も取り入れた。ラストランとなった京都記念(競走中止)では、結果の出ていない阪神での競馬であることも踏まえ、木曜からの栗東滞在を経て当日に競馬場入りさせた。「やれることはすべてやりたい」。鹿戸調教師もエフフォーリアが美浦に帰厩すると毎日厩舎に泊まり込み、宿泊施設がない厩舎に移転した後もトレセン近くに部屋を借りて厩舎に通うなど、ずっと寄り添ってきた。
先週8日の追い切り後、鹿戸師は「体も締まってきたし、前進気勢も出てきたね」と復活の兆候を見ていた。23年初戦でターフを去ることになったが、勝利まではあと少しだったと今も信じている。ありがとう、そして、お疲れさまでした。(中央競馬担当・松末 守司)