現役時代にはG1を2勝、種牡馬としても活躍馬を多く出したハーツクライが9日、けい養先の社台スタリオンステーション(北海道安平町)で死んだ。22歳だった。
別れは突然だった。20年の種牡馬引退後も、社台SSで余生を送っていたが、9日に体調を崩して起立できなくなり、そのまま息を引き取った。吉田照哉・社台ファーム代表は「ハーツクライが力尽きました。最期の最期まで気高く、弱みを見せずに旅立ったと担当者から聞きました。残念でなりません」とコメントした。
ハーツクライは北海道千歳市の社台ファームで01年に生まれた。父サンデーサイレンス、母アイリッシュダンス(父トニービン)の血統。栗東・橋口弘次郎厩舎からデビュー。3冠競走に皆勤したが、日本ダービーのキングカメハメハの2着が最高成績。1年以上勝利から遠ざかったまま迎えた05年の有馬記念。ルメールを背にG1初制覇。同年に無敗の3冠馬に輝いたディープインパクトに先着した唯一の日本調教馬となった。
翌年は海外に矛先を向け、初戦のドバイ・シーマクラシックを快勝。続いて臨んだ“キングジョージ”はハリケーンランの3着(日本調教馬の最先着)。同年のジャパンC(10着)を最後に現役を引退。通算成績は19戦5勝(うち海外2戦1勝)、総獲得賞金は9億2536万900円(海外含む)だった。
種牡馬としてはワンアンドオンリー、ドウデュースの2頭のダービー馬のほか、国内外で多くのG1馬を送り出した。吉田代表は「ハーツクライ自身と同様に、アウェーに乗り込んでもパフォーマンスが落ちるどころか、むしろ強さを見せつける産駒が多く、海外遠征の高い壁や不安を突破してくれるきっかけとなった馬かもしれません」と、天国へ旅立った名馬の功績をたたえた。現2歳が最終世代(血統登録済みは35頭)となる。