
◆スポーツ報知・記者コラム「両国発」
シャッターボタンを押しながら、涙が頬を伝った。5日に行われたドバイ・ターフの表彰式。勝ったソウルラッシュを担当する橋口助手から、このレースへの特別な思いを聞いていたからだ。
ヴェルトライゼンデ。橋口助手がかつて手がけていた馬だ。不治とも言われる屈腱(くっけん)炎を2度発症しながら重賞を2勝。しかし再々発し、今年2月に引退した。乗馬になる予定が変わり、種牡馬としての道が開けた矢先の3月29日。骨折により、安楽死処置が施された。
私はヴェルトライゼンデが好きだった。故障を乗り越えた不屈の精神、強い意志が宿る瞳…かっこよかった。急死を知ったのはドバイ出張への出発日。着いたら、絶対に現地にいる橋口助手と話そうと心に決めていた。
その機会はレース2日前に訪れた。「早すぎますよね」。あふれるのは、ぶつけようのない悲しみ。屈腱炎からの復帰初戦で勝った22年鳴尾記念は「ちょっと泣きました」。同年のジャパンC(3着)は「今までで一番熱狂したレース」と、思い出を語ってくれた。私が思わず目を潤ませると、橋口助手も「一人やったら、僕も泣いてます」。「(ドバイで)頑張ることで、報えたら」という決意に、胸が熱くなった。
ドバイ・ターフでソウルラッシュは、芝の現役最強馬ロマンチックウォリアーをゴール前で差し、0・01馬身差という歴史的接戦を制した。普段はクールな橋口助手も、このときばかりは人目をはばからずに涙したという。手にはヴェルトライゼンデの形見。後方の人馬を蹴る癖がある馬が、目印として尻尾につける赤いリボンが握られていた。橋口助手の輝く雄姿は、天国まで届いたはず。生涯忘れることのない、ドラマチックな夜に立ち会えた。(中央競馬担当・水納 愛美)
◆水納 愛美(みずのう・まなみ)21年入社。ドバイ出張から帰国した日の夜は、あまりの疲労で13時間寝た。