ジャパンカップ1984「カツラギエースの奇跡」〈3〉秘密兵器は長い手綱と白覆面

カツラギエースの秘密兵器となった白い覆面と長手綱
カツラギエースの秘密兵器となった白い覆面と長手綱

 カツラギエースが21戦目にして初めて打った逃げの戦法。だが、世界の強豪相手に逃げ切るのは並大抵ではない。3コーナーを回ると、差はみるみるうちに詰まっていった。背後から迫りくる蹄鉄(ていてつ)の音を騎手の西浦勝一は感じ取っていたが、勝負を急ぐことはしない。他馬より明らかに長い白色の手綱は、まだ持ったままだった。

 通常よりも30センチほど長い手綱の使用は、レースの直前に決めたと西浦は証言する。「ジャパンCは2400メートルだけど、2000メートルを走らせるつもりでリラックスして走らせたら息はもつ、距離はもつと考えていた。馬の口にハミ【注1】が当たらないように、当たらないように。それだけを心掛けた」。その年、2200メートルの宝塚記念を勝っていたが、それより長い距離では実績がない。あと200メートルを乗り切るにはストレスなく走らせることが絶対条件と考え、西浦は大一番で長手綱を選んだ。

 初めて装着したメンコと呼ばれる覆面【注2】も、効果絶大だった。カツラギエースは音に敏感な面があり、スタンド前からの発走で大歓声を受けると、テンションが上がり過ぎてしまう恐れがあった。秋2戦目の天皇賞も、逃げ馬と競り合う格好で引っかかってしまい5着。その反省から、担当厩務員の原園講二は覆面をつけてはどうかと西浦に相談。「それはいいかも」という主戦のひと声で腹をくくり、特注の白い覆面を用意した。

 「普通のメンコは、耳の皮が一重。あの雰囲気でウワーッという大歓声に包まれても大丈夫なように、耳だけ皮を厚めにしてもらった。いわば耳栓みたいなもの」(原園)

 ただ、問題が一点。覆面をつけることを、管理調教師の土門一美に知らせていなかったのだ。「ウチの親分(土門師)から『外せ』と言われたら外さなければいけないので、(レースまで)内緒にしていた。ジャパンCの追い切りでメンコを試し、いい感じだった」と原園は振り返る。

 レース当日、今まで矯正馬具をつけることなく9勝を積み上げてきたカツラギエースが、下見所で覆面をつけて登場。東京競馬場で愛馬の姿を見た土門師は驚き「どうしたんだ?」と聞いてきたが、原園は「ゲートに行ったら外しますから」と必死にごまかした。

 大歓声にも我関せずと、覆面をつけたまま逃走を続けるカツラギエース。土門師はあっけにとられていた。(内尾 篤嗣)=敬称略=

 【注1】馬の口に含ませ、コントロールするための金属製の棒状の道具。

 【注2】一般に耳覆いがついたものを使用。音に驚いたり、砂をかぶることを嫌がる馬に装着させる。「メンコ」とも言う。

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