◆第89回日本ダービー・G1(5月29日、東京・芝2400メートル)
第89回日本ダービー・G1(29日、東京)では、武豊騎手(53)=栗東・フリー=が皐月賞3着のドウデュースとともに、自身の最多記録を更新する6勝目に挑戦する。数々の記録を打ち立ててきたレジェンドがダービージョッキーの称号を初めて手にしたのは1998年。デビュー12年目の悲願達成だった。同年生まれの水納愛美記者(23)が自身の誕生前から第一線で活躍する名手に素朴な質問をぶつけ、「ダービーにまつわる10の本音」を引き出した。
〈1〉ズバリ、ダービーとは
競馬の祭典やね。みんなが目指す、ホースマンの夢のレース。やっぱり若駒がトレセンに入ってきたら、みんな「来年のダービー馬か」とかそういう話題になる。常に頭にあるかな、ダービーは。
〈2〉最も思い出深いダービーは
勝った5回はそれぞれ宝物のような思い出。それぞれあるけど、キズナで勝ったダービー(13年)は大きかったのかな。10年に大きいけがをして、成績が一気に下がった苦しい時期やったから。大げさかもしれないけど、もしかしたら、あのダービーがなかったら今、ジョッキーやってないかもしれない。どこかで心が折れたかもしれない。それぐらい大きかったかな。
〈3〉私と同じ24歳の年のダービー(93年ナリタタイシンで3着)の思い出は
あの3着で、ダービーが遠い存在と思わなくなったのを覚えてる。最初の方は勝てる実感が湧かなかった。あのレース後に、頑張ってりゃいつか勝てるって思えた。初めてダービーで思い通りのレースができたからだと思うよ。
〈4〉やり残していることは
いっぱいある。勝ちたいレースもきりがないし、ダービーだって今年の本当に大きい目標。(福永)祐一が勝ったら初の3連覇やもんね。オレも3連覇惜しかった。(98、99年と)連覇して、次の年も鼻差2着(00年エアシャカール)やで。5勝もしてるけど、悔しい思いもいっぱいしてる。
〈5〉一番好きなレースは
京都の1200メートルダート。うそやって(笑い)。いや、ダービー好きやね。18番人気でもいいから、絶対出たいなと思う。桜花賞、菊花賞も好き。子供の時からのイメージがあるのかな。テンションが上がってた。競馬が大好きやったからね。
〈6〉もう一度やり直したいレースは
だらけですよ。毎週ですよ。でも、やり直せないから、そう思わないように乗りたいと思う。競馬は1回きりだし、ゴールしたら終わり。「ああしとけば良かった」「こうしとけば良かった」って悔いのないように。そう思うことはいっぱい。でもそれはもう、次に生かしていかなあかんから。
〈7〉自分が調教師か馬主なら乗せたい騎手は
自分を入れていいなら自分を乗せる。走らん馬ならほかの騎手を乗せるけど(笑い)。それを考えたら、信頼を置けるジョッキー、というところにいなきゃなと思うね。ルメールとか川田くんとかに有力馬の依頼が多いのは、今の彼らの成績を見たら当然。自分もそういうポジションにいなきゃ。信頼度やね。
〈8〉やめたい、引退してもいいと思ったことは
ないよ。何もできひんもん、騎手しかやったことないから(笑い)。調教師になるつもりもないし。勝つことが励みになる。ダービー勝ったらやめるって言っててもね、勝ったらもう1回勝ちたくなる。その良さを味わうんだから。
〈9〉息抜き、マイブーム
数年前から韓流ドラマを見てる。コロナで家にいる時間が長くなったから。最初は奥さんが見ててむりやり見せられる感じやったけど、面白かった。今は新しく「社内お見合い」を見てる。最初はコメディーすぎるかなと思ったけど、意外と面白かった。ラブコメを見ることが多いね。「愛の不時着」は2周見たし。
〈10〉お金も名誉も手に入れた今、一番欲しいものは?
ダービー6勝目。それは即答できるね。
◆武 豊(たけ・ゆたか)1969年3月15日、京都府生まれ。53歳。87年3月にデビュー。2007年7月に岡部幸雄の記録を更新するJRA歴代最多2944勝を挙げ、18年9月に史上初の4000勝を達成。重賞はG1・78勝を含む348勝。170センチ、51キロ。父は騎手で調教師だった武邦彦さん(16年8月死去)。元騎手の武幸四郎調教師は弟。妻は元タレントの佐野量子さん。
■取材後記 いつもスマート。ウィットに富んだトークで、ファンを引きつける。そんな印象の武豊騎手が、真っすぐに熱意を明かしたことに驚いた。約40分の取材中、何度も聞いた「今年のダービーを勝ちたい」という一言。並々ならぬ気合が伝わってきた。
やり直したいレースは「毎週ある」。CM撮影の経験を引き合いに出し、「失敗したら『もう1回お願いします』とか、競馬もできたらな」と笑った。ダービーは、競走馬にとって一生に一度。「頂点を決めるレース。もう悔いのないように」。自らを奮い立たせるような言葉だった。
数々の金字塔を打ち立てながらも、勝利への執着心は全く失われていない。だから30年以上も一線級を走り続けられているのだと、改めて実感した。(水納 愛美)