競馬を支えているのは騎手や調教師、馬主だけではなく、1頭の馬が出走するまでには多くの人が携わっている。華やかな表舞台となるレースだけでは伝わらない部分が多い。私も数年間、牧場で勤務したが、働く前はやはり情報が少なく、不安がぬぐえきれなかった。
この夏、茨城・美浦トレーニングセンターで「夏休みキッズチャレンジ! 馬のお仕事を体験してみよう」という中学生対象のイベントが実施された。「これこそ、自分が行かなければ!」と取材に出向くと、興味深い話が聞けた。
参加していたのは、青木孝文調教師。私と同じく、未経験でキャリアをスタートさせた一人だ。「最初はどのようにこの世界に入っていいのか分からなかったし、話を聞いてみると今でもそういった子が多い。業界への恩返しや発展に(イベントは)必要なこと。そういった思いで積極的に参加させてもらっています」と両日ともに全面協力でバックアップ。
厩舎で作成した中山大障害馬マイネルグロンのトートバックをプレゼントしたほか、中学生からの「年収は?」という“ど直球”の質問にも、とっさに予想額を提示してもらい、上か下かで回答。「参加された方がチャレンジする後押しになっていればうれしいね」と大いに盛り上げた。
青木厩舎に所属する原優介騎手も参加し、厩舎や調教コース見学に同行した。「騎手という仕事はなりたくても、なかなかなれない仕事。そこが誇りとかモチベーションになっています」。身長が伸びなかったことで騎手を目指し、20年にデビューした。「水泳を頑張っていたのですが、身長が伸びずに思うような成績が出なくなったので騎手を目指しました。中学3年まで馬に乗ったことがなく乗馬クラブに通いましたが、金銭的にはけっこう大変でしたね」と当時を振り返る。
パリ五輪で総合馬術団体が92年ぶりにメダルを獲得。乗馬に興味を持つ人も増えたと思うが、経済的に一歩踏み出せない人は多い。比較的に負担が少ないJRAの「乗馬スポーツ少年団」は乗馬を始めやすい環境だが、年齢制限がある(※場所によって年齢制限は異なる)。原騎手は「自分が通えるところは中学3年まででした。将来を考え始める頃だと思うので、始めたいと決めても最初のハードルが高いのかなとは思います」と話した。
それでもイベント終了後は「設備が整っていて、さすがJRAだなと思いました。JRAで馬の世話をするというのも選択肢として考えたい」(中2男子)、「馬のことが考えられた設備ばかりですごい。獣医師になりたいと思っていますが、このようなところで働きたい」(中3女子)と目を輝かせていた。将来の職業を考えるうえで大きな転機になったかもしれない。
毎日、馬に携わる人がいて初めて成り立つのが競馬の世界。だが、外国人に依存しなければならない牧場も増えていると聞く。何倍も体が大きく話ができない馬を相手に、氷点下20度でも調教にまたがるなど苦労もあった。しかし、手をかけた馬が成長し、競馬場で走り、レースで勝った瞬間、全てが喜びに変わるのも事実。興味を持った方が、入り口で戸惑うことのないように―。今後も自身の経験や色んな方の話をもとに、情報を発信していきたい。(中央競馬担当・浅子 祐貴)