競馬界では近年、「外厩」というフレーズをよく耳にする。東西のトレセン近くにある調教施設を兼ね備えた牧場のことだが、現代競馬では休養だけでなく、次へ向けての下地作りという大切な意味合いも持つ。関西で最も実績を残してきたのが滋賀県甲賀市にある「ノーザンファームしがらき」。数々のG1ホースを送り出す「最前線基地」に迫った。
栗東トレセンから車で35分ほど。自然豊かで静かな山中に「ノーザンファームしがらき」はある。距離は近いが、3~5度ほど低い平均気温がサラブレッドには優しい。約800メートルの坂路の頂上付近には事務所があり、左奥に約900メートルの周回コース、右側に13厩舎に分かれた370もの馬房が一望できる。東京ドーム6個分にも及ぶ敷地はまさに圧巻の光景。ノーザンファームの「生産からイヤリング(馴致)、育成、調教を一本の線でつなぐ」という方針のもと、2010年に開場した充実の施設だ。
日本を代表する外厩への道は、2頭の名馬から始まった。開業当初に手がけたオルフェーヴルが11年に3冠を成し遂げ、翌12年もジェンティルドンナが牝馬3冠に輝いた。厩舎サイドと綿密に連係を取りながら、2年連続で出した大きな成果だった。松本康宏場長は「認知度を上げられたのはラッキーでした。みんなに自信がついたし、いつかその2頭を超える馬を、という気持ちで頑張っています」と胸を張る。2頭は古馬になってからも活躍。息の長い競走馬生活を支えた成功体験が、大きな礎になっている。
松本場長には強い思いがある。「馬は携わる人間次第で変わります。施設が充実していても、人が未熟であれば意味がないんです」。その言葉通り、最も注力するのは人材の育成だ。現在のスタッフは約150人。馬の騎乗者だけでなく、獣医や装蹄師も、希望すれば海外研修ができる制度がある。東の最前線基地「ノーザンファーム天栄」との人材交流も積極的に行っている。
それぞれが研修先で得た経験を持ち帰り、共有することが組織の底上げへとつながる。開業から13年。松本場長は「ノウハウは自分たちで作るしかありませんからね。若い子も含めて、人を育て合うというのがノーザンファームの特徴であり、強みです」と手応えを感じている。
夏場は調教をやり過ぎないことを念頭に置き、各馬に接している。その中には、秋に3冠牝馬を狙うリバティアイランド(3歳、栗東・中内田厩舎)もおり、松本場長は「ようやく(名馬2頭に続く馬が)出てきてくれましたね。順調ですよ」と目を細める。来春には馬房を増やす計画もあるという外厩の最前線。充実した施設に人の力を結集し、さらなる進化へと向かっている。(山下 優)
いかに効率的にトレセンと馬を入れ替えるか
【記者の目】現代の日本競馬において、外厩はなくてはならない存在だ。トレセンは調教師ごとに馬房数の上限が決まっており、預託馬すべてを在厩させておくことはできない。出走回数を増やすには、レース出走まで時間的に余裕のある馬を、いかに効率的に外厩と入れ替えるかが重要となる。
近場の外厩を利用するメリットは多い。北海道の牧場に移動させるより輸送による馬の負担が軽く済み、コストも抑えられる。状態をチェックするために訪れる調教師たちにとっても、時間・労力の軽減になる。
外厩では、次走までの期間を逆算して調整が施される。馬の状態によってアプローチは多少異なるが、主なテーマは疲労回復や馬体のケア、精神面のリフレッシュ。心身のバランスを整えてトレセンに戻すことに重きが置かれている。
近年の追い切りは1週前に強い負荷をかけ、当該週は微調整というパターンが主流となった。これも外厩でしっかりと「走れる下地」がつくられているからこその“変化”と言えるかも知れない。(吉村 達)
◆ノーザンファームしがらき 約28万平方メートルの敷地に13厩舎があり、各厩舎に1台のウォーキングマシンを備える。ともにポリトラックが素材となっている1周900メートルの周回コースと800メートルの坂路があり、特に坂路の高低差39.7メートルは栗東トレセンの高低差32.0メートルを大きく上回る。2010年秋の開業から次々とG1ホースを送り出し、最近ではリバティアイランド、ドウデュース、ジャスティンパレス、ジェラルディーナなど。5月の日本ダービーを制したタスティエーラも関東馬ながら皐月賞前まで利用した。滋賀県甲賀市信楽町神山6の1。