2022年、最も飛躍を遂げているジョッキーの一人が、坂井瑠星騎手=栗東・矢作芳人厩舎=だ。今年はキャリアハイを30勝以上更新する84勝(11月21日現在)をマーク。秋華賞ではJRA・G1初制覇を達成した。
落ち着いたたたずまいに、端正なルックス。クールな印象を抱いていたが、取材を続けるうちに、新たなイメージも持つようになった。人一倍の闘志を燃やしている、と。
他の若手との大きな違いが、海外経験の差だ。デビュー前から、海外志向が強い矢作調教師と国外挑戦を約束していた。7年目にしてオーストラリア、サウジアラビア、ドバイ、フランス、イギリスの5か国で騎乗し、今年はゴドルフィンマイル(バスラットレオン)で重賞V。レースでの騎乗はないが、香港、アメリカにも滞在したことがある。
日本を離れる間は当然、JRAで勝ち星を積むチャンスが犠牲になる。自分が騎乗してきた馬が、他の騎手に“取られる”可能性もある。リスクもあるが、どのような思いで海外挑戦を続けるのか。その答えには、誰よりも強い覚悟が込められていた。
「海外に行って、帰ってきて勝てなかったら『何しに行ってた?』ってなる。結果を出せなきゃ生き残れないっていう気持ちで行ってる。結局、みんな見るのは結果だから。海外に行ってどんだけうまくなってるか」。
騎手人生のターニングポイントに挙げたのが、豪州での武者修行だ。デビュー2年目の秋から、1年間の長期遠征を敢行。「これ以上しんどいことはないってぐらいしんどい1年間」。振り返る言葉からは、相当苦しい日々だったことが伝わった。
大きく立ちはだかったのが、言語の壁だ。渡航前から英語は勉強していたものの、「いざ行ったら全然しゃべれなくて」。コミュニケーションが取れず、騎乗馬を用意してもらえなかった。焦りが募る中、取った手段が語学学校への入学だ。「朝に調教15頭とか乗って、そこから語学学校で4時間授業」。想像以上のハードスケジュールに思わず、すごいですね…と本音が漏れた。
厳しい修行を乗り越えられたのは、信念があったから。「もうそれこそ、死ぬ気で頑張る。これだけやって駄目なら仕方ないな、っていうぐらいやろうと思った」。英語の上達に伴い、競馬の成績も向上。後半の6か月で約20勝を挙げた。「死ぬ気で」と、うそ偽りなく言えるほど努力を重ね、それを実らせる。誰にでもできることではない。
実は私も、坂井騎手の英語力を目の当たりにしたことがある。今年の凱旋門賞当日、パリロンシャン競馬場での出来事だ。フォレ賞での騎乗を終えて帰る途中、現地ファンからの声かけに、スムーズに返答。私のリスニング力では内容を理解できなかったが、ファンが笑顔でその場を去った様子から、“神対応”だったことは確かだ。
栗東トレセンで取材していて、関係者から「これからは瑠星の時代だよ」と聞いたことは一度や二度ではない。守りに入らず、高い志を持ち続ける25歳。間違いなく、今後の競馬界を引っ張っていく存在だ。(中央競馬担当・水納 愛美)