競馬記者になって、もうすぐ20年になる。数え切れないほどの取材を行ってきても、今でも胸に突き刺さるような言葉に出合い、心が高鳴る瞬間がある。つい先日もあった。矢作調教師とケンタッキーダービーについて話をさせてもらった時だ。
無傷の5連勝を続けていたフォーエバーヤングと臨んだ大一番。ゴール前で息が詰まるような大接戦の末、勝ち馬から鼻、鼻差の3着に敗れた。「フォーエバーヤングにとって、ケンタッキーダービーは一度しかない。勝たせてやれなかったのは悔しい」
逆境の中での戦いだった。ドバイから米国まで空輸後に42時間の着地検疫があり、その後は馬運車で10時間も輸送。本来の姿を目指し、現地で必死に調整を続けた。「出来は8分ぐらいしか戻らなかった。それを思えば、本当にすごい馬だと思います」。冷静に愛馬をたたえた後、こう笑みを浮かべながらつぶやいた。
「日本の馬は強いよ」
05年の開業から積極的に挑戦しながら、海外初勝利には11年もかかった(16年ドバイ・ターフ=リアルスティール)。世界を相手に戦う厳しさ、難しさは誰よりも知っている。中でも「別格」と感じていたのが米国のダートだ。レース前には「凱旋門賞、ヨーロッパが難しいと言っても芝は芝。向こうのダートは日本と全く違う」「壁はめちゃくちゃ高いよ」と聞いた。実際に21年のBCディスタフ(マルシュロレーヌ)を勝っているのに、だ。
私は記者になって、初めて見た凱旋門賞が06年のディープインパクトで、12年のオルフェーヴルは現地で取材。ともに当時の日本最強馬が勝てなかった。また、米国のダートに関しては栗東で「我々が生きているうちに日本馬が勝てるとは…」と何度も聞いた。日本競馬は本当に大好きだが、ドバイや香港でいくら勝ち星を積み重ねようと、対世界では慎重に考える自分がいた。だからこそ「日本の馬は強いよ」という言葉は本当にうれしく、心に残ったのだと思う。
ただ、それだけではない。そう口にした時、矢作師の表情には今まで以上の手応えがはっきりと感じられた。振り返れば、今回の遠征は体調面やレース後に2着馬の騎手に罰金が課せられるなど「たられば…」と思うこともあったはずだ。ただ、陣営から泣き言を聞いたことはほとんどない。それぞれが後ろを振り向かず、すでに前へと進んでいる。秋にはフォーエバーヤングがBCクラシック(11月2日、デルマー)、僚馬のシンエンペラーが凱旋門賞(10月6日、パリロンシャン)へ遠征予定。この経験を糧に、また一つ成長したチームYAHAGIの挑戦が楽しみだ。(中央競馬担当・山本 武志)