昨今、総売上額や売却率など、レコードを更新し続ける国内の競走馬セール。盛り上がりの一因に、情報がギッシリ詰まった分厚いカタログ(以下、セリ本)が挙げられる。馬主、調教師らが入念に下調べをして活発なセリが行われているが、選定基準のひとつが「ブラックタイプ」。牝系図に、例えばグレード競走とリステッドの優勝馬がいると馬名が太字のゴシックになり、目立つようになっている。日本の馬であれば少し調べれば分かるが、母が海外の馬で、産駒がセールに初登場となると一気に調べるのが難しくなる。そこで一役買っているのが、公益社団法人・日本軽種馬協会(JBBA)の松木佳穂さんだ。
実家は北海道新冠町の生産牧場。母の加代さんが3代目で、オーミアリス(14年・小倉2歳S優勝)などを生産。祖父の清水克則さんはチアフルスマイル(06年・キーンランドC優勝)などを生産した。佳穂さんは幼稚園の時に馬アレルギーを発症し、馬が大好きだったが実家は継がず、事務職を志望。神田外語大学で英語とポルトガル語(ブラジル)を専攻し、卒業後はフリーターをしながら馬の仕事に就く機会を探り、念願かなって今年2月からJBBAに就職した。生産情報部に所属し、ほとんどの時間をセリ本の牝系図の整備に費やす。※セレクトセールと、ジェイエス繁殖馬セールのセリ本は他団体が製作。
「例えばアルゼンチン、チリ、カナダなどのサイトを見に行き、原文で読んでいます」(佳穂さん)と語学力を存分に生かし、母や祖母が現役時代に走った国のサイトで、勝ったレース名などを探り当てる。そして、国際競馬統括機関連盟らが毎年発刊する、世界の格付けレースが一覧になった通称「ブルーブック」と照合。格付けが毎年変わるため、過去のブルーブックに掲載されているレース名も見ながら、「ブラックタイプ」つまりゴシックにするかどうか、ゴシックの種類などを決め、きょうだい馬も整備する。最近で言えば、リバティアイランドの母ヤンキーローズが16年にオーストラリアのG1を2つ勝っており、ブラックタイプになっている。
忙しい馬主であれば、パッと牝系図を見た時にブラックタイプが多い馬を候補にする、ということもあるだろう。購買者が決まるか主取りなのか、購買価格そのものを左右すると言っても過言ではないだけに、ミスが無いように何度も何度も校閲。10~12月はオフシーズンとも言えるが、佳穂さんは「セリに出てこなかった輸入牝馬の整備など、仕事は尽きません。本当に楽しいです。生産者のみなさんや馬主さんに喜んでもらえるように」と目を輝かせる。
Xでは母の牧場の広報も務め、土日の休みを利用して札幌競馬場まで生産馬ローレルオーブ(牡2歳、栗東・杉山佳明厩舎、父ウインブライト)などの応援に行き、口取り式にも参加した。22年夏に札幌で初勝利を挙げたソアラ(牝4歳、栗東・高橋康之厩舎、父ヤマカツエース)は、愛馬会法人のローレルクラブに初めて提供した生産馬で「会員さん、ファンのみなさまと喜びを共有できました」とそれまでと違う経験をした。将来的には実家の生産馬の配合も考えたいという。血統の知識に関して「まだまだこれからです」と謙遜するが、毎日これだけ血統に触れている人もなかなか居ないはず。一年、二年と積み上げ、松木加代牧場からスターホースが出る日も遠くないかもしれない。(中央競馬担当・玉木 宏征)
◆松木 佳穂(まつき・かほ) 1998年9月8日、北海道新冠町出身。3兄弟の長女。2歳下の弟、母の加代さんと祖父母の4人で牧場を経営している。父の優(ゆたか)さんは、種牡馬カフェファラオなどをけい養するアロースタッド(北海道新ひだか町)の場長。趣味は馬を見ること、ドラマや映画観賞。アニメはドラゴンボールが好きでピッコロ推し。好きな有名人はSixTONESで、好きな騎手は江田照男、斎藤新、鮫島克駿、佐々木大輔、富田暁。将来の夢は(母の)牧場を続けることと、生産馬のG1勝利。自身は中央と地方の馬主資格取得も目指し、推し騎手全員に会うことも楽しみにする。好きな食べ物は白米。肉魚はあまり好まず、お酒は梅酒をたまに飲む程度。Xのアカウントは@cavalo_fofinho