21歳・角田大河騎手が急死 競馬一家に育った3年目ホープ…父・晃一調教師「悲しみは癒えませんが…」

デビュー3年目、21歳の若手のホープだった角田大河騎手
デビュー3年目、21歳の若手のホープだった角田大河騎手

 JRAは10日、角田大河(つのだ・たいが)騎手=栗東・石橋守厩舎=が死去したことを発表した。21歳だった。亡くなった日時や死因などの詳細は、遺族の意向により非公表。父は元騎手で調教師、兄も騎手という3年目のホープが突然、天国へ旅立ち、競馬界に悲しみが広がった。

 名ジョッキーへの道を歩んでいた21歳の手綱さばきを見ることは、もうできなくなってしまった。JRAは10日、角田大河騎手が死去したことを発表。詳細は遺族の意向により回答を差し控えるとした。

 父はジャングルポケットでダービーを制するなどGI・10勝を誇る元騎手の角田晃一調教師(53)=栗東=、兄・大和(22)=栗東・角田厩舎=も騎手という競馬一家に育った。憧れの存在だった父の背中を追うように、順調に成長をしていたさなかの急逝だった。父・晃一氏は「幼いころからの夢をかなえ、騎手人生をスタートしたばかりであり、残念で仕方ありません。悲しみは癒えませんが、今後も家族で力を合わせてまいります」と無念さがにじむコメントを発表した。

 大河騎手は22年3月、石橋守厩舎所属で阪神でデビュー。初日の初騎乗から1、2Rをいきなり2連勝。1979年の栗田伸一さん、96年の福永祐一現調教師に続く史上3人目となる快挙を達成し、華々しいデビューを飾った。2年目の23年3月には、毎日杯のシーズンリッチで重賞初勝利。同5月には競馬開催中にスマートフォンの不適切使用で、30日間(開催10日間)の騎乗停止処分を受けたが1年目と同じ36勝をマーク。今年もここまで18勝と着実に白星を伸ばしていた。

 今月1日夜、函館競馬場の馬場内に自身が運転する自動車で侵入し、芝コースを損傷させた。JRAは翌2日午前10時から15分ほど同騎手への事情聴取を行った。本人は函館市内で行われていた花火大会を見るためだったと説明。反省している様子で、聴取にも素直に応じていたという。

 同日午後に正式な処分が決定する裁定委員会が開かれることを通知しようとしたが、連絡が取れなかった。JRAは、所属する石橋守調教師(57)=栗東=に説明・了承を得て、同午後4時に、同騎手の3日からの騎乗停止処分などを発表した。その後、9日夜に家族から死去の報告があり、この日の発表となった。

 裁定委員会を開くかは現時点では保留。喪章をつけての騎乗や競馬場での献花台の設置、JRAとしての葬儀を行うかに関しては予定していない。

 ◆角田 大河(つのだ・たいが)2003年5月21日、滋賀県生まれ。22年3月に栗東・石橋厩舎からデビュー。同月5日に初騎乗初勝利を果たすと、史上3人目のデビュー2連勝。同年は36勝で新人騎手特別賞を受賞した。23年毎日杯のシーズンリッチで重賞初制覇。JRA通算1593戦90勝(うち重賞1勝)。父は元騎手の晃一調教師で、兄は21年デビューの大和騎手。165センチ、46.7キロ。

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