もう2年前になる。福永調教師の騎手引退会見の原稿でこう書いた。
「今の福永ほどすべてを達観しているアスリートは記憶にない」
大一番を前にしても緊張感を漂わせず、勝負への執着より過程や内容を重要視する。当時は騎手生活27年目。悟りの境地に達している、とさえ思うほどだった。
そして、今年の3月に厩舎を開業。再び1年目として、新たな一歩を踏み出した。福永師はこの9か月を笑顔で振り返る。
「自分が調教師になってどうなるのかなと思っていたけど、そんなに変わらんかったなぁ。勝てない時期でも焦るという感覚がなかった」
実は4月末から勝ち星に見離されていた時期がある。周囲から勝っていないことを指摘されることも出てきた8月上旬のある日。厩舎でスタッフに「再来週ぐらいから良くなってくると思う」と伝えたという。
結果的に「予言」は当たる。翌週にドロップオブライトのCBC賞で重賞初勝利を挙げると、その次の週=「再来週」から7週間で7勝をマーク。とても3か月以上勝てなかったとは思えないペースで勝利を刻んだ。「勝てない頃は(馬の)新陳代謝が行われている過程だったので、気にならなかった。馬の能力を判断さえできていればね。(8月中旬から)そろそろいいかな、という感じだったから」と冷静に振り返る。騎手時代から磨いてきた分析力は厩舎を構えた今、さらに輝いているように見える。
馬優先の気持ちも変わらない。こだわりを感じるのが2歳の新馬戦だ。経験値の少ない2歳馬、特にデビュー前は追い切りで動かさないと判断がつかない場合が多い。「馬にとってはゴール板とか分からないし、すべてが初めての経験だから初戦は大事。整えて出してあげたい」と語る。
しかし、今の競馬界は2か月ほど前からトップジョッキーに有力馬の依頼が入っているような状態。馬ではなく、人に合わせるような形になることも多い。だからこそ、強く思うようになってきた理想がある。
「例え頼むのが直前でも、福永厩舎の馬なら空けて待っています。そう思ってもらえるような厩舎にしていきたい」
ジョッキー時代から懇意にしていたオーナーは皆、福永厩舎に預託してくれたという。それこそが職種が変わっても、ホースマンとしての本質が何も変わらなかった証。当然、今後は「経験値」が加わる厩舎は進化を遂げていくはずだ。その過程をしっかりと見守りたい。(中央競馬担当・山本 武志)