競馬場のターフィーショップなどでよく見る、競走馬のぬいぐるみ。明確な基準こそ存在しないが、G1を2つ以上勝利しないと作成されないとか…。昨年、京都競馬場が行った「アイドルホースオーディション2022」。ファン投票で5位までの馬がぬいぐるみ化されるという激戦の中、見事2位にランクインしたのがゴースト(セン7歳、父ハーツクライ)だ。
1位のメイケイエールや3位のディープボンドは重賞勝利があるが、西宮S(3勝クラス)が主な勝ち鞍のゴーストが選ばれたのは快挙と言っていい。20年の7月からゴーストを担当した橋口厩舎の酒井助手が、SNSで毎日のようにゴーストの日常の姿を発信したことが大きい。灰色の馬体の愛くるしい姿が人気を博し、「おばけくん」の愛称とともに知名度が上昇していった。ファン投票の3万2734票という数字が人気を物語っている。
「重賞も勝っていないのにぬいぐるみになって、すごいことですよね。かっちゃん(鮫島克駿騎手)もインスタで投票を呼びかけてくれたり。ルックスもいいし、名前も分かりやすいゴースト、(幽霊)だから人気が出たのかな」と酒井助手。ゴーストの話をするときはいつもうれしそうだ。今ではそのぬいぐるみを持って、パドックで酒井助手の担当馬を応援するファンもいる。
ゴーストの競走馬としてのキャリアは波乱のスタートだった。新馬戦で15着のしんがり負け。しかも、勝ち馬からは7秒1も離されていた。しかし、去勢をして橋口厩舎に転厩すると、3歳の8月に初勝利。オーナーの西村健氏は「橋口先生にお世話になるまでは、地方に行くしかないと思っていました。わざと人を振り落としたり、言うことを聞かない暴れ馬でした」と当時の苦労を語った。だが去勢後は「おとなしく、人懐っこく、愛きょうを振りまくアイドルホースになっていました」と笑った。
そうして生まれ変わったゴーストは、橋口師や酒井助手、鮫島駿騎手らの頑張りに、必死になって応えた。20年の西宮Sを勝ってオープン入りを果たす。21年の阪神大賞典では心房細動で競走中止したが、次走の天皇賞・春は12着で無事に完走した。西村氏にとって、これが初のG1出走となった。
昨年に障害戦での初勝利を目指していたが、屈腱炎を発症して中央の競走馬登録を抹消。今は地方競馬での復帰に向け、滋賀県のチャンピオンヒルズでトレーニングをしている。会いに行くと、大きな瞳でじっとこちらをみて、ポーズを決めてくれた。「写真にも慣れてますからね」と笑ったのは調整を行う木村厩舎長。「今は脚もとも問題なく、もうすぐ15―15を開始します。ご飯をよく食べるので、太りすぎに気をつけています」と目を細めた。今後は能力試験に向けて、仕上げていくことになるが、「背中がよくて、パワーもある。ダートもこなしてくれるんじゃないかな」と期待を寄せる。
西村氏は「コロナ禍で暗い雰囲気の中、何度も夢を見せてくれた我が家のスーパースターです」とゴーストをたたえる。「新馬戦でタイムオーバーだった馬がまさかオープン馬や、ぬいぐるみになるとは思ってもいませんでした」。馬主としての苦労、そして多くの喜びを味わわせてくれた唯一無二の存在だ。ファンが多いことにも触れ、「これからは地方の舞台で活躍してくれたらうれしい。色々な競馬場で、今まで応援してくださったファンの皆さんに会いに行けたら。最近のゴーストは、真っ白になってより一層かわいいですよ」と感謝を伝えた。
“推し馬”という概念がファンの間で定着しつつある中で、着実に人気を得ていったゴースト。酒井助手は「今年久々に会いましたが、覚えてくれていたようでうれしかった。コロナ禍で西村オーナーと口取りできなかったのが心残りです。地方で復帰した際は、何とかして応援に行きたい」とこれからもゴースト愛を貫くことを誓った。みんなのアイドル「おばけくん」はこれからも、そのかわいさで誰も彼もとりこにしていくことだろう。無事の復帰を心から願っている。(中央競馬担当・山下 優)