天皇賞・春が行われた4月28日、仕事が休みだった私は競馬初心者の知人を連れて東京競馬場にいた。そこでとても印象に残った出来事がある。
春の盾の馬柱を見ながら各馬の説明をしていたところ、その知人が「チャックネイトって馬がいる! しかも母親がゴシップガール! 私はこの馬を買う」と、興奮し始めたのだ。何がそんなにテンションを上げさせたのかさっぱり分からなかったのだが、聞いてみると「ゴシップガール」というのはアメリカで2007年から2012年まで放送されていたドラマのタイトルで、「チャックネイト」はそのドラマに登場するチャックとネイトという2人の男性の名前だというのだ。JRAの公式で馬名の由来を調べると「人名+人名」と出てくるが、母名から連想された組み合わせであることは間違いないだろう。
そうして買われたチャックネイトの単勝。結果は14着だったが、知人は非常に満足した様子で「また連れて行ってください!」と帰って行った。なるほど、馬名によって競馬ファンが増えることもあるのかと感心させられた。そんなわけで(どんなわけだ)、今回は私の好きな馬名ベスト3を発表させていただきたい。
【第3位】ステイゴールド 由来はアメリカのシンガーソングライター・スティーヴィーワンダーの同名曲。「いつまでも輝き続ける」といった意味の英語だが、なんといっても香港ヴァーズに出走したときの「黄金旅程」という標記がクールすぎる。輝き続ける馬生=黄金の旅という例えは秀逸のひと言だ。
【第2位】スリープレスナイト 由来は「眠れない夜」とシンプルなものだが、実は非常に教養に満ちた馬名だ。父クロフネの馬名由来はもちろん1853年にアメリカから来航した黒船。長きに渡り鎖国していた江戸の世を騒がせた来訪者に対し、当時流行した狂歌が「泰平の眠りを覚ます上喜撰(蒸気船) たった四盃で夜も寝られず」だった。蒸気で動き4隻で訪れた黒船と、高級な茶で4杯飲むと眠れなくなってしまう上喜撰をかけた見事な歌だが、スリープレスナイトは最後の部分「夜も眠れず」から着想を得ている。これぞまさに本歌取りの文化。なんと素晴らしいのだろう。
【第1位】エレクトロキューショニスト 2006年のドバイ・ワールドCを筆頭に、イギリス、イタリアでもG1を制した世界的名馬。由来はなんと「電気椅子処刑執行人」。ギョッとさせられるが、そもそも父のレッドランサム自身が「赤い血の身代金」という意味なのだから、海外の名付けセンスは恐ろしい。意味を考えると不快感を覚える方もいるかもしれないが、言葉の響きのかっこよさに、俗に言う「中2病」心を持って行かれてしまった。カネヒキリやハーツクライの前に立ちはだかった強敵は、まだ現役だった5歳で心臓発作により死去。血統表に残っていないのが非常に残念でならない。(中央競馬担当・角田 晨)