◆第63回有馬記念・G1(12月23日・芝2500メートル、中山競馬場)
4歳冬のオジュウチョウサンは、初めて挑んだ15年の中山大障害で6着に敗れる。スタート直後に行き脚がつかず、勝ったアップトゥデイトに4秒3も離された。まだまだ障害王者となる片りんすらなかった。
何とかしてオジュウの力を呼び起こしたい。主戦騎手の石神深一は、調教師の和田正一郎にメンコの耳の覆いを外すことを進言した。「音に敏感に反応することで、競馬でのズブい面が解消できるかもしれません」。しかし、そうすることで荒々しい気性の制御が利かなくなる恐れもある。実際に和田正は「メンコを外してやばい時があった」ことを理解していた。それでも「他に打つ手がなかった」と、ゴーサインを出した。
やんちゃぶりに手を焼いてきた担当厩務員の長沼昭利も、和田正と同じ心配が胸をよぎった。だが、石神の「自分が体を張って面倒を見る」という言葉に覚悟を感じた。パドックでは耳覆いを装着し、レース直前のゲート裏で外せるよう接着テープを用いたメンコを特注した。
そして挑んだ16年3月6日の障害オープン(中山)が、快進撃の序章となった。オジュウチョウサンは道中から自らハミを取って動きレースぶりが一変。結果こそ2着だったが、レース後の石神は「ごめん!沼さん(長沼厩務員)。でも手応えはつかんだ。絶対に大きいところを取れる」とまくし立てた。そして、続く中山グランドジャンプから怒とうの障害重賞9連勝につながっていったのだった。
石神の度胸と執念、和田正をはじめとする厩舎スタッフの理解が、王者の素質を見事に引き出した。和田正と長沼は「深一と出会ってなかったら、ここまでになっていなかった」と口をそろえる。=敬称略=(取材、構成・坂本 達洋)