「第3の馬生」で活躍中のメジロドーベル 担当者はなんと宿敵エアグルーヴの元ファン

担当の的野裕紀子さん(中)に近づくメジロドーベル(右)と当歳馬
担当の的野裕紀子さん(中)に近づくメジロドーベル(右)と当歳馬

 名牝メジロドーベルは28歳になった今でも偉大な存在だ。早朝7時。北海道洞爺湖町にあるレイクヴィラファームで、メジロドーベルはリードホース(群れの精神的な存在、人間で言う保育士のような役割)として12組(24頭)の母子(子は早生まれの当歳馬)と一緒に放牧に出る。その姿には今でも走りの才能を感じさせるものがあるという。

 「ダーッと走るんですけど、めちゃくちゃいい走りをしますよ。すごく柔らかい走り。横でひいているときでもすごく踏み込みがいいですし。たぶん私以外のどの人がひいてもすごい馬だとわるかと思います」と担当者の的野裕紀子さんは話す。阪神3歳牝馬S(現阪神JF)、オークス、秋華賞、エリザベス女王杯連覇で、G1通算6勝の名牝。今でも北海道の広い大地で華麗な走りを見せている。

 その姿を見つめる的野さんは実はメジロドーベルのライバル、エアグルーヴのファンだったという。大阪出身で「母が今でいう『馬女』っていうんですかね? 競馬場に行くのが小さいときは当たり前で。阪神や京都競馬場の4コーナーのあたりによくいましたよ」と話す。最初は安田記念、マイルCSなどを勝ったノースフライトのファンだったが、そのあとはエアグルーヴに目を奪われた。

 ドーベルが97年のオークス馬なら、エアグルーヴは1年前の96年のオークス馬。2頭は97年の有馬記念で初対戦。そこから98年の大阪杯、宝塚記念、エリザベス女王杯、有馬記念と計5度対戦。ドーベルが先着したのはエリザベス女王杯(1着)の1度だけだった。それでも「走り方が戦車みたいで、男馬みたいでした。いっつも口を割って走っていて、あんまり(エアグルーヴと)対戦してほしくないな、と思っていました」と当時のドーベルの強さが強烈に印象に残っている。

 家族で高校入学前に北海道へ引っ越し、浦河高では馬術部。卒業後に牧場勤務を開始し、初めてドーベルを見たときは、「おー! ドーベルだ」と思ったそう。エアグルーヴを応援している時は、まさかそのライバルの担当を自分がやるとは思っていなかった。だが、人生には奇妙な縁があるものだ。

 現在、ドーベルはスマホアプリの「ウマ娘プリティーダービー」などの影響もあって、人気がさらに加速している。的野さん自身は「ウマ娘」を楽しむことはないが、牧場で働く若い人から話をよく聞くという。「そういうのをきっかけに興味を持っていただけるのはうれしいですよね。こういう成績の馬がリードホースをやっていると知ってもらえるのもうれしいです」と今の流れを歓迎する。

 自身の仕事についても「大変なこともしんどいこともありますよ。でも、それを超えて、この仕事は魅力がありますよ」と的野さん。馬をこよなく愛する人に牧場勤務の楽しさを知ってほしい―。かつてはエアグルーヴを応援し、今はそのライバルのメジロドーベルの担当者を務める。馬を愛し、馬に愛される仕事に生きがいを感じる表情は輝いていた。(中央競馬担当・恩田 諭)

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