◆スポーツ報知・記者コラム「両国発」
10年前、私は競走馬の育成スタッフとして、馬産地の北海道・新ひだか町でサラブレッドにまたがっていた。見渡す限りの白い大地。気温は日中でも氷点下のまま。牧場では大気中の蒸気が氷結する“ダイヤモンドダスト”が、海沿いの国道では海水面の水蒸気が冷やされることで出現する“けあらし”が見られる。冬の厳しさと絶景とともに競走馬の調教を行っていた。
風を切り裂き、時速40キロ以上で走る調教コースでは、肌が少しでも出ていれば裂けるような痛みが走る。大げさなほどに上着を重ね、顔もなるべく肌を出さないよう完全防備で臨む。それでも氷点下20度で騎乗すれば、ゴーグルの中のまつ毛には氷の塊が徐々に大きくなって視界に入り、鐙(あぶみ)にかける足の指先は、感覚がほとんどなくなる。過酷な環境下に加え、経験の浅い私は気をつけていても馬装中に足を踏まれて小指を骨折するなど、けがが絶えなかった。
昨年12月7日にレース中のアクシデントで右足小指の骨にひびが入ったG1ジョッキーの松岡正海騎手(40)は4日後、JRAの調教施設・美浦トレーニングセンターに姿を見せ、普段通りに調教をつけた。「地上を歩くより、馬に乗っていたほうが楽」という言葉は、冗談でも笑い話でもない。鐙を長くしてコントロール性を高める乗馬に対し、競馬は鐙を短くしてスピードを重視する“モンキー乗り”というスタイル。主に親指と人さし指を支点に踏み、鐙が短くなるほど、つま先は内へ向く。そのため、騎手の小指にほとんど体重がかからず、騎乗への支障はほとんどない。松岡騎手の言葉は本音だとすぐに理解できた。
中央競馬担当になって1年がたつ。北国での騎乗経験は日々の取材の中でも生きている。(中央競馬担当・浅子 祐貴)
◆浅子 祐貴(あさこ・ゆうき) 2024年入社。中央競馬担当。北海道で競走馬育成に携わる。その後は南関東競馬担当を経験。