JRAの技術調教師とは? 美浦・鈴木慎太郎調教師の場合

開業間近の鈴木慎太郎技術調教師
開業間近の鈴木慎太郎技術調教師

 毎年12月に新規調教師が発表される。合格者は、翌年1月1日に調教師の免許が発行されてから、実際に開業するまでの期間を「技術調教師」として動き回る。開業まで2週間を切った鈴木慎太郎調教師(42)=美浦=は、どんな時間を過ごしてきたのか。経歴も含めてご紹介したい。

 高校を卒業後、2つの牧場で修業し、24歳で競馬学校に入学。卒業後は茨城・美浦トレセンに配属された。思い出の馬は、堀井雅広厩舎に所属してすぐに担当したアポロソニック(13年日本ダービー3着)。「セントライト記念の前の調教で屈腱炎になって悔しい思いをしました。自分で管理した馬で大きい舞台に来たいと感じるようになりました」と初めて調教師を意識した。

 馬主や牧場にコネも無かったが、牧場で一緒に働いた栗東・松下武士調教師の存在も刺激になった。「話を聞くうちに自分でもやれるのかなと。それからは1人でなるべくセリに行って、相馬眼を養いました。経営者になるために京セラ・稲森和夫さんの考え方を学ぶ勉強会などにも顔を出しました」。充実した準備期間を経て、2019年12月に晴れて合格した。

 技術調教師の時間の使い方に決まりはない。主に色々な調教師の元で研修したり、牧場に顔を出したり、開業してからの馬集めなどを行う。厩舎に所属すれば給料はもらえるが、日払い制だ。鈴木も精力的に牧場を回り、会食の約束もたくさんあったが、緊急事態宣言ですべてキャンセル。5月までは堀井厩舎の調教を手伝いながら、午後は開業準備や経営者の勉強をした。

 夏場はセリや牧場を回り、楽しみにしていた栗東・矢作芳人厩舎での研修が始まった。「調教師を志した頃、知り合いが何人もトレセンを辞めていって…。矢作厩舎のような働きやすい、仕事の楽しさを分かってもらえる厩舎を作りたいと思っていました」。矢作調教師と面識はなかったが、同厩舎の調教助手を通じて研修の申し入れしたところを快諾。「コントレイルの神戸新聞杯の翌週からお世話になって、立ち上げる過程とか菊花賞に向かう過程も間近で見させてもらいました。3冠達成当日も立ち会えて、一生の財産になりました」。史上3頭目になる無敗3冠馬のコントレイルとともに過ごした時間を振り返った。

 矢作調教師が発した言葉で印象に残っているのは「最初は模倣から入るのもあり」という一言。「なので自分が良いなと思ったところは矢作先生に限らずどんどんパクらせてもらいます」と鈴木は笑うが、その素直さこそが成功の近道だと思う。

 最後に目標や、どんな厩舎にしたいかを尋ねると「この世界を目指そうかなと思ってる人に、『鈴木でも調教師になれるんだから』と思ってもらえるように。自分をここまで育ててもらった方々や競馬界に、どう恩返しできるかだと思ってます」と返ってきた。自分よりも、まず周りを思いやる調教師が、間もなく誕生する。(中央競馬担当・玉木 宏征)

 ◆鈴木 慎太郎(すずき・しんたろう)1978年12月19日、愛知県名古屋市出身。42歳。小西厩舎で6年半、加藤征厩舎で2年、堀井厩舎で9年の経験を積み、2019年12月、5回目のチャレンジで調教師試験に合格した。趣味は読書。5年前に離婚し、小学5年と6年の男児のシングルファザーでもある。「おととし父が定年になり、両親で茨城に引っ越してきてくれて助かっています。子供達にも頑張っているところを見せたい」と覚悟。厩舎カラーは(子供の名前から)青と緑。厩舎のロゴは「鈴は鈴木より。鈴の数は、馬、ファン、厩舎で3つです。蹄鉄の周りの縄は円=人の縁を大切にしていきたい」

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