
JRAで初めて調教助手から転身した坂口智康騎手(34)=美浦・尾形和幸厩舎=は、2024年3月3日に障害専門ジョッキーとしてデビューし、同年5月19日の新潟4Rでスピアヘッドに騎乗し初勝利。異例のオールドルーキーとして大きな一歩を踏み出した。
しかし、その4か月後に行われた阪神ジャンプSで落馬した際に鎖骨と胸骨を骨折。復帰初戦となった11月16日にも、再び落馬をして戦線を離脱した。今後は美浦トレセンで調教に騎乗し、感覚を戻しながら実戦復帰のタイミングを検討していく。けがをした当時の心境や、乗馬クラブと牧場を行き来した復帰までの約3か月について、2月18日に予定する調教騎乗再開を前に聞いた。(浅子 祐貴)
―1回目の落馬から11月の復帰まで。
「骨折自体が人生で初めてだったので、痛みやメンタル面でどうしていいのか分からず、自らを追い込んでしまいました。とにかく申し訳ないという感情と焦りでいっぱいで、思い返せば体も気持ちも回復していない状態にも関わらず、復帰する事だけをがむしゃらに追いかけていました」
―2回目の落馬は。
「怪我は全治1週間の頚椎(けいつい)捻挫と全身のむち打ち程度で済みましたので、当日には帰れる診断でした。ただ、連続での落馬と遠方の福島ということもあり、大事をとって入院しました」
―続けて落馬したこと以外にもつらい経験をした。
「休んでる間に『1年近く休養』『病状があまりよくない』『引退説』など、いろんな噂話が飛び交ったうえに、『騎手を辞めたほうがいい』『技術が下手』『レースの邪魔』と大きくそれてしまったり、膨れ上がった話が入ってきました。これがSNSの威力かと驚きましたし、とにかく精神的に参りましたね(笑)」
―厳しい意見を受けて。
「正直なところ悔しいし、負けたくない思いが強かったです。騎手として自分に足りないところや、下手と言われてしまう原因は何かと自己分析したり、相談させていただきました。自分自身について見つめ直すことから始めました」
―休業中に乗馬クラブや牧場に足を運ぼうと思ったきっかけ。
「2度の落馬経験を踏まえ、今回はしっかりと療養しようと決めたなかで、まずは自分の原点に帰ろうと思いました。馬事公苑で行われていたRRC引退競走馬杯とJRAブリーディングホースショーを手伝いに行き、初老ジャパンの方々にはオリンピックのお話を。和田(竜二)騎手と高田(潤)騎手には、スランプや怪我のことなど、刺激を受けるお話を聞かせていただき、しっかりと自分の弱点を強化しようと思いました」
―千葉県の北総ファーム・北総乗馬クラブにも通った。
「オリンピックをはじめ、日本新記録や全日本チャンピオンなどを数多く輩出され、生産育成から現役競走馬の障害調教と幅広く経営されているのでお世話になりました。障害馬の作り方、障害に対してのアプローチ、飛越姿勢の修正、裸馬でバランスの基礎、プレイヤーとしての考え方や在り方など、人間面も含めて強化していただきました」
―並行して福島県のノーザンファーム天栄も訪れた。
「デビュー時から月1、2回ほど勉強させてもらい、競馬でも乗せていただいていますが、気持ちのオンオフの切り替えが上手い子が多く、メンタル部分のポテンシャルの高さを感じていました。どのような調教をされているのか気になっていたので、改めてしっかりと勉強したいと思いました」
―ノーザンファーム天栄で得たものは?
「何百頭と管理されているので、個性や性格を含めて馬の数だけやり方や向き合い方があるんだと。頭では分かっていたつもりですが、自分自身の引き出しの少なさや経験値の低さを痛感しました。レースや普段の調教で生かすことができる運動の組み立てや意識といった引き出し、経験値を強化していただきました」
―今後への課題や技術向上への取り組み。
「トレーニングや筋トレは毎日欠かすことなくしていましたが、身長が高い(172・5センチ)ぶん、飛越時の重力や浮力などが人よりかかってしまうので、柔軟性や力の抜き方、体幹をより一層、強化しなければいけないと思いました。体幹トレーニングに特化したトレーナーさんにサポートしてもらい、ピラティス(体幹部分の筋肉を効率よく鍛え、柔軟性や姿勢改善にも効果があるとされる)も取り入れています」
―療養期間を振り返って。
「けがをしてしまい、関係者の方々にご心配とご迷惑をおかけしてしまった事は今も悔しいです。ただ、時には立ち止まってみることにも意味があると学べたことは、自分自身の成長にとても大事な時間で、大きい出来事だったと思います」
―復帰へ向けて。
「やり方、考え方、きっかけひとつで無限の可能性があるんだと強く体感しました。今でも『騎手になれて本当によかった』『この経験を一つも無駄にしたくない』と思っています。復帰した際には、一つ抜けた僕を見てもらえたらと思います」
◆坂口 智康(さかぐち・ともやす) 1990年12月16日、福岡県生まれ。34歳。美浦・尾形和幸厩舎所属。2016年1月にJRA競馬学校厩務員過程に入学。同9月から美浦トレーニングセンターで調教厩務員として働き始め、20年10月から尾形和幸厩舎に調教助手として所属。24年3月3日の小倉でJRA初となる助手からの転身で騎手デビュー。5月19日の新潟で初勝利を飾ると、6月22日の東京ジャンプSでは重賞初騎乗。JRA通算41戦2勝(2月16日現在)。